旧水底駅から帰宅すると、ずっと退屈していたシラーとベリーは森へ遊びに行ってしまった。けれど、私は眠たすぎて即バタン。目が覚めると夕方の五時だった。
枕元に置かれた、母の字で書かれたお疲れ様と父の字で書かれた頑張れが泣ける小さな二つの封筒が目に入る。
感謝の祈りを捧げ、私から俺に戻りシャワーを浴びて色々な物を洗い流す。両親は出かけているようで、家の中は薄暗い。
自室に戻る途中、少し寄り道をした。玄関にだ。首からタオルをかけてパンツ一丁のまま姿見の前に立つ。
「ふっ……」
いくつかポーズを取ってみたら自然と笑みがこぼれた。
「ふんふふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら自室へ戻り、ベッドにどかっと腰を下ろす。そして、そうでもない上原さんにもらった紙袋を手繰り寄せた。
お待ちかねのギャラ確認。
ギャ~ラ確認、あそ~れギャ~ラ確認っと。妙なテンションなのは睡眠時間が短いからだろう。
俺はそのまま頭の中でギャラ音頭を奏でつつ紙袋に手を入れた。
「え~っと、これは……」
まず取り出したのはJRRのロゴが入った金属の箱。その下には……おお!!
「新年水溜まり弁当だ! しかも三つも!」
そういえば父にお土産を頼まれていたのに、すっかり忘れていた。冷蔵庫に入れていなかったが、今は真冬だし部屋に暖房もつけてなかったから問題あるまい。お土産はこれに決定だ。
たぶんこの弁当が上原さんの言っていた”色”の部分だろう。
「てことはこっちが……は?」
先に取り出した金属の箱を開けると、透明な小瓶が二つとやたら綺麗などんぐりが十個。
思わず天を仰ぐ。天井に止まっていたてんとう虫が飛んでいくのが見えた。ギャラ音頭もピタリと止まる。
なんだこれ。俺、リスかなんかだと思われてる?
なんて冗談を挟んで心を落ち着かせる。もう一回、箱を閉じて開けてもやはりそこにあるのは小瓶とどんぐりだった。「これだもんなぁ。現物支給は止めてくれって魔女協会経由でお願いしてるのに」
もちろんただの小瓶ではないし、どんぐりもそれなりの価値がある。
小瓶は草原の夜風と大空の春風を閉じ込めたものだし、どんぐりは甘酸っぱい妖力の蜜が見た目の百倍は詰まっている。こっち関係のお店で買うとなると小瓶は一つ八千円で、どんぐりは一つ千三百円くらいだろう。
ただし、魔女や業界関係者に特別需要があるのかというとそうでもない。しかも一般人にはただの小瓶で、ただのどんぐりでしかない。つまりお金に変えるのが非常に難しい代物というわけだ。
もしかするとお年玉で浮かれている近所のガキんちょたちであれば買ってくれるかもしれないが、竜胆家の末っ子が子供相手にあこぎな商売をしていると噂がたちそうで怖い。
というより彼らの貴重なお年玉を搾取することなど俺にはできない。だって、お年玉は小さな夢を叶えるために与えられる親心の結晶だろ。
「どうするべきか。魔女大同期会の会費は五万もするんだよなぁ」
昼間の仕事で稼いだお金もあるのだが、それは生活費だから手を付けられない。
貯金? 馬鹿言っちゃいけない。そんなもの俺が新しい魔法を覚えるくらい高難易度の行いだ。
本当は会費が高すぎるから同期会は欠席したい。年々如何わしい飲み会になっていっているのもちょっと嫌だし。
でも来なきゃ同期全員で呪うって脅されているしなぁ。四十代の魔女になったあいつらの呪いなんて、きっと毎日ケツの穴が一ミリずつ切れていくとかそういう尖った呪いに違いない。絶対に嫌だ。
あと口実とはいえ俺の誕生日会も兼ねてるってのがなぁ。毎年、魔力の宿った何かをくれるんだ。だから何だかんだで毎年参加している。
「どうやって小瓶とどんぐりをお金に変えようか」
しばらく悩んでいたら、蝶々がやって来た。僅かな窓の隙間から強引に侵入してきたそいつは、青黒色の羽根をヒラヒラさせて俺の顔の位置までやって来る。
そのまま俺と向き合うよう垂直になった蝶々。その隣にはさっき飛んでいったてんとう虫がいる。
「よぉ、万年見習い。こいつから聞いたんだけど、いいもん持ってるらしいじゃないか」
「は? いや、初対面だろ。失礼なやつだな」 「事実じゃねぇか。それともゴキブリのアイドルかカブトムシのライバルの方がよかったか?」ニヤニヤ顔で嫌なことを言う虫め。
「お! いいじゃんいいじゃん、旨そうだなぁ。おい、見習い。このどんぐりくれよ」
くれよと言いながら、既にどんぐりにベタベタ触っている厚かましいこいつは妖精。蝶々の妖精だ。
この世界では妖力や霊力を持った虫のことを妖精と呼ぶらしい。俺のいた世界とはだいぶ違う。
「それは明日の飲み会代に変えなきゃいけないんだ。お前、日本のお金を持ってるのか?」
「いいや。そんなもん妖精が持ってるわけねぇだろ」 「じゃあやれないな」俺は妖精からどんぐりを取り上げた。
「あ~あ、やだやだ。見習いはケチだな。普通の魔女なら好きなだけ持ってけって言うぞ」
「それは余裕があるからだ。俺にはない。見ろ。四十六にもなったってのに俺は両親からお年玉をもらってるんだぞ」枕元に置いてあった例の封筒を見せつけてやる。案の定妖精はうわぁって顔になった。
「お前……噂以上にヤバいやつだな」
「うるさい」 「分かったよ。なら俺の燐粉と交換でどうだ?」哀れみの視線が突き刺さる。ついでに、てんとう虫からも可哀想なものを見たという雰囲気が漂っていた。おそらくこいつも妖精だろう。
「妖精の燐粉か」
「言っとくけど、俺はなかなか珍しい蝶の妖精なんだぞ。本当は初恋どんぐりなんかじゃ釣り合わないけど、お前可哀想だからな。特別だ」虫に可哀想って言われた……ええい、本当かどうか知らないがそこまで言うなら乗ってやろうじゃないか。
「よし、交渉成立だ。何個いるんだ?」
「こいつの分と合わせて八つ」 「ん? 八つでいいのか?」てっきり全部寄越せと言われるかと思ったのに。
「欲しいは欲しいけど十個は運べないからな」
「そうか……じゃあ、またなんか必要になった時は力になるってのはどうだ? 燐粉、貴重なんだろ? 俺は用意できなくても魔女の知り合いは多いから」 「そりゃいいや。無理難題吹っ掛けてやるから覚悟しとけよ」妖精はキシシっと笑って紙袋の底が隠れるくらい燐粉を落とすと、ティッシュに包んだどんぐりを持って飛んでいった。帰りは窓をしっかり開けてあげた。
去り際にてんとう虫も小さな塊を俺の手に落としていった。小さな声でありがとうと聞こえたような気がする。
棚から空き瓶を取って燐粉を入れる。てんとう虫の塊も同じようにして眺めてみる。
「ただの綺麗な燐粉と虫の分泌液が固まったものにしか見えないけど……」妖精図鑑や素材図鑑を見てもよく分からない。念のため昆虫図鑑にも目を通したが分からなかった。
こういうことは母に聞いてみよう。
俺は新年水溜まり弁当を持ち、リビングで母の帰りを待つことにした。
どれくらいの時間だろう、薄暗い大穴の底で俺はこの三十六年が無駄ではなかったと自分に言い聞かせていた。 その甲斐あって、多少もやもやは残っているものの、なんとか落ち着きを取り戻せた気がする。「寒いな」 ベリーじゃない服は勝手に温かい服にはなってくれない。そんな当たり前のことに気付き、ベリーを羽織ろうと立ち上がった。「あっ……」 なんてことだ。俺はまだ十歳姿のままじゃないか。 イードの言っていたことが真実なのでは、と再び焦燥感に襲われる。けれど挫けそうになりながらも、なんとかベリーを起こして袖を通した。『ね、ねぇ白緑、イード様は?』「帰った」『本当に!? よ、良かったぁ~!』 ベリーは心底安心した様子で、某有名ゲームのピカピカ鳴くキャラクターのキグルミパジャマになってくれた。温かい。そして恥ずかしい。「励ましてるつもりか?」『え、なにが?』 あ、そうか。ベリーは失神してたから知らないのか。単に俺が十歳姿に変身してるだけだと思っているんだろう。「シラーも起こそう」 不思議がるベリーを無視してシラーをビンタする。それでも気持ち良さそうにスヤスヤしているシラーに少しムカついた。 今度は近くに転がっていた石で殴り付けた。するとフガフガ鼻を鳴らしながら目を覚まし、ハッとして、ベリーと同じことを尋ねてきたから、帰ったと伝えると、これまたベリーとまったく同じ反応をしていた。 そして例の話をする――『そ、そんなのってないよ。酷すぎるよ』「……イード様は無属性の魔法も得意でしたよね?」 今度はベリーとシラーでまったく違う反応をした。ベリーは同情して泣き、シラーは思案顔で質問してくる。 とりあえずシラーの質問だが答はイエスだ。 イードは森の化身のくせに無属性、とりわけその二段階上のレア過ぎる最上位属性の魔法を最も得意としている。「若返りの魔法をかけられたとかでは?」 ありうる。しかし、それなら記憶も十歳の頃に戻ってないとおかしい。若返りの魔法は外見のみに作用する都合の良い魔法なんかじゃない。 けど、あのぶっとんだイードのことだ。強引に魔法の何かしらを書き換えて、それすら可能に……うう、それはそれで恐ろしいな。あのちゃらんぽらんが、副作用とかそんなのを考慮するはずないんだから。 この世界でワンチャン、イードの魔法を解除できそうなのは……
イードの顔が曇っていく。視線が俺からベリーとシラーへ移り、最高潮の曇り顔になるとゆっくり口を開いた。「あるいーどはもっと小さくて、あざとくて、わがままなクソガキだよ?」 は?「ある様のお膝の上に座りたいって癇癪を起こして暴力に訴える躾のなってない図々しいクソガキで、仕方なくお膝を譲ってあげたら優越感丸出しの濁った瞳で見下してくるよな性根のひん曲がったどうしようもないクソガキなんだよ?」 お? なんだ? 自己紹介でもしてんのか? 親父に可愛がられる俺が気に食わないからって、やりたい放題だったのはお前の方だろ。 俺のお気に入りの森に人喰い植物をわんさか解き放ったり、顔を合わせる度に広域殲滅魔法をぶっ放したり、アドロススルザイトも砕くようなヤバい蔓を出して「おしりペンペンだよ!」とか言って追いかけ回し、逃げ切れなかった俺が号泣すると、満足気に鼻を膨らませて二、三発叩いてから別大陸の大紛争地帯にポイ捨てしたこと、忘れてないからな。 親の自覚を欠片も持ってないクソオヤはそっちのくせに、俺のことを三回もクソガキ呼ばわりとは、マジでガチの本当にどの口が言ってやがる。 そう、言い返してやろうと思った矢先、空気が一変した。 「嘘ついたの?」 と、イードが言ったのだ。 イードは自分棚上げで嘘つきにやたら厳しい。 さっきまでと同じく、どこか間抜けさを含む幼い声色だったのに、常軌を逸脱してピリつく空気に心臓を鷲掴みされたような気分になる。 そこかしこに浮かんで楽園を醸していた花と蝶も同じだったのか、一目散に逃げていった。 イードに視線を戻せば、禍々しい凶器の形をした拷問用植物が何種類も体からにょきにょき生えているところで、それはベリーとシラーに向けられている。『うううううう嘘じゃないよ!』「そそそそうです! あれから三十六年も経ったんですよ! 見た目も中身も変わって当然です!」 「やっぱり嘘ついたんだね。嘘つきは泥棒の始まりだよ。二人もイードかりゃある様を泥棒するの?」 まったくもって噛み合わない会話に、理不尽が過ぎる怒り。恐怖と懐かしさで泣きそうになる。『白緑もなんか言ってよ!』「そうです! 自分のことなんですから自分で証明なさい!」 ベリーとシラーの必死さが過去イチだ。イードのご機嫌を損ねたら、例の如く千回死んだ方がましなくらいの地獄を味
あれから二時間。 私たちは地獄にでも続いていそうな底の見えない大穴を下っていた。 直径は目測で百メートルちょっと。薄暗いのにやたら鮮やかな緑色の植物が繁茂しており、壁に沿って螺旋を描くように階段が作られている。手摺はない。そのくせ、人が一人歩けるかどうかといった幅しかなく、歩みを邪魔する植物も相まって、いつ足を踏み外してしまうかと気が気じゃなかった。 箒もなけりゃ魔力も足りない今の私は飛べないのだ。 先頭にグラスル、次に私。そしてマルテーノを除く司祭四人がその後ろを歩いている。 時おり、真っ暗な大穴の底から光の粒と共に風が吹き上げてきてバランスを崩しそうになる。ただでさえ足元が覚束ないのに、その度にすぐ後ろのヒョロガリ金髪司祭が私の肩を掴んで耐えようとするもんだから、本当にいつ落下してもおかしくな――っ!?「きゃっ!」 ほら見なさい。今、まさによ。ヒョロガリのせいで遂に私は足を踏み外し階段から転げ落ちた。 幸い、ぶっとい蔓草を掴んだお陰で事なきを得たけど、堪忍袋の緒はぶちギレよ。 だって私を犠牲にして助かろうとしたヒョロガリも、その甲斐虚しく落下して、こともあろうに私の足にしがみついたのよ。 すぐさまグラスルが私たちを引き上げてくれたけど、もしこいつが異様に軽くなければ、今頃仲良く奈落へダイブしていたところだ。「ちょっと! いい加減にしなさいよ!」 ヒョロガリの胸ぐらを掴み、いっそ落としてやろうかと穴側へぶん回す。「や、止めてくださいぃ……」 いや、本当に軽い。たぶん一キロもないわ。こいつ人間じゃないわね。てことは、肩に手を置かれたときにしっかり体重を感じたのは何かしらの術か。 マルテーノといい、陰湿なことをしてくれる。こいつもキスの刑に処してやろうかしら。 「止めぬか」 ヒョロガリを締め上げているとグラスルが私の腕を掴んだ。「こいつのせいで死にかけたのよ?」 収まらぬ怒りが口の端をひくひくさせる。「そやつはタンポポの化身じゃ。お前を助けはしても、殺しなどせぬ」「タラサッキと申しますぅ……」 どういうチョイスよ。なんでタンポポ? 最初からここに案内するつもりだったんでしょ。ならせめて鳥の化身やパラシュートの付喪神とかにしてよ。つーかさ……「どう考えても玉砕覚悟で殺そうとしてたわ」「ひねくれておるのう。肩を押したの
拘束具は私とベッドを合体させるものだった。下半身をベッドに引きずり込まれ、私のか弱い爪先を犠牲にしながらマットや底板を突き抜ける。あっという間に直立状態で固定されてしまった。 海水浴で浮き輪がないからベッドを持ってきたよって言い出すような、やべぇ馬鹿みたいな格好だわ。「身動きできなくなるよりましであろう?」 これを身動きできなくなるよりまし、と断言するジジイはまともじゃない。拷問のしすぎなのでは?「痛いじゃない。女の子には優しくって教会では習わないみたいね?」「習わんのう。教会は性別で優しさを区別せんからの」「あらそう。じゃあ魔女には必要ないってだけなのかしら」「そんなことはない。哀れな魔女にも優しさを持って接しておるぞ。ほれ、現にお前を魔女としてではなく、シスターとしてこの聖域に招待しておる」 魔女としてここに招かれることは、死または永続的な拷問と同義じゃが? と続けるジジイ。 やっぱりか。この言い方、拷問が日常に組み込まれてやがるわ。仮に今のが冗談だとしても、それ自体が真実だと知っているせいでまったく笑えない。「白緑のためにシスターの実績だって作ってあげたのよぉ。ねぇ、杉村?」「はい。二ヶ月ちょっとで三百人、魔女を浄化しましたもんね。はぁ、戦う乱子さんも綺麗だったなぁ……」 牢の外から会話に入ってきたかと思えば、私にとんでもねぇ罪を擦り付けていたと自白した乱子と杉村が、TPOを考えずイチャイチャし始める。「夜鶯胤夫妻がお帰りじゃ。送って差し上げなさい」 わざとらしく「ごほん!」と咳払いをしたジジイの指示で、赤紫ボタンの聖職者服たち全員がかりで二人をどこかへ追いやっていく。 さっきまで乱子が立っていた辺りに、至極色の透け透け下着が落ちている。やっぱ頭沸いてるわねあの痴女。「さて、改めてじゃが、初めましてシスターロシティヌア。儂はローマとバチカンに広がるこの聖なるカタコンベの責任者、グラスルじゃ」 ジジイが微笑む。さっきからやたらボタンを触っているんだけど、癖なんだろうか。それとも緋色を自慢したいのか……確か緋色は枢機卿の色よね。さっきまでいた赤紫は司教で黒一色は司祭。うろ覚えだけど、たぶんそう。「軽々しくロシティヌアだなんて呼ばないで」「貴様!!」 司祭たちが私に掴みかかろうとしてきたのをグラスルが止めた。「よいよい。ロ
今や三つ巴……と言いたいけど、実際は同期の魔女と男性教諭連合VS校長と遅れてやって来たマル魔三人&目を覚ました生徒たち。 私は戦闘が始まった瞬間に食堂の調理場へ駆け込み、鉄壁の防御を誇る大型冷蔵庫の中に隠れて様子を伺っている。『たたたたたた大変だよ白緑!』 そこへ、ベリーが戻ってきた。 どうせベリーのことだから、大変とか言いながら私を置いてトンズラかますと思ってたのに、不思議なこともあるものね。 しかしその理由はすぐにわかった。『くるくる蓑虫が蛹になってるよ!!』『さ……蛹!!? なんで!?』『なんでもなにも春じゃん! 蛹になる季節じゃん!』 やいやい喚きながらも素敵な防寒具になってくれるベリーは打算的だ。外も食堂も危険ときて、結局この冷蔵庫が一番安全と考えたのだろう。私のご機嫌を損ねて追い出されるのを危惧しての防寒具、だ。『放置して逃げるって手もあるけど……』『駄目だよ! ここが使えなくなっちゃう!』 ことを収めたとしても、この食堂を使い続けるのは不可能でしょうに。『どっちにしても戦いが収まらなきゃどうしようもないわ』 今はどちらが優勢とも言い難い。 校長はマル魔と連携しながら乱子たちを攻撃しつつ、生徒に指示を出している。騒ぎに気付いた教職員や生徒も続々と駆け付けており、数では圧倒的。 対して同期たちは、主に乱子が二十体の杉村型ホムンクルスと共に校長を相手取り、他は男性教諭と二人一組で乱子の補助とマル魔の相手、それから生徒たちの無力化を担っている。 ジズのパートナーは堕としがいのありそうな堅物顔の図書教諭、銀花は雅な雰囲気の養護教諭で、ヤスエはショタ顔の家庭科教諭と組んでいる。 そしてティティとメグミは、それぞれ刺青だらけの美術教諭とヲタクっぽい音楽教諭……皆、同期たちのタイプに突き刺さる若いイケメンだ。 彼らは普通の学校ならメイン扱いされず、お気楽仕事と揶揄されかねない悲しき教諭ばかり。しかしここは退魔師の学校。すべてメインの戦闘教科であり、大学でド級の実戦訓練を積んできた猛者に違いない。 現に図書教諭は聖書や魔術書を何冊も周囲に浮かべて凄まじい攻撃を繰り出しているし、養護教諭はチート染みた回復術と絶対使っちゃいけない恐ろしい薬品の散布や、養護理念違反甚だしい医療道具による急所狙いを仕掛けている。 家庭科もヤバい。毒
あの短剣で燃やせば証拠は欠片も残らない。少し気が早いけれど、裏切り者の乱子共々校長を始末できて気分は上々。 あとはあの写真を出版社に売り付ければお小遣い稼ぎもできて、一石二鳥どころか三鳥だ。 少し癪に障るけど、あの童顔中年と私が変身していた被害者男子はよく似ていた。校長にイケナイ薬を盛られて襲われた挙げ句、オーバードーズで死にかけたところを”シスターの私”に救われた。良司さんの毒薬被害者も校長の仕業で……という筋書きよ。 今となっては私をシスターに仕立て上げた理由は不明だけど、せっかくだから利用させてもらおう。『いやぁ~白緑がぼくのために殺人だなんて、ちょっと感動しちゃったよ』『殺人? 馬鹿言っちゃいけないわ』 私はそんなことしない。あれは正当防衛よ。それもとことん優しい。 だって校長は私がありもしない罪を着せようとするもっと前から、私をバチカン送りにしようと企んでいたのよ。完全に消しにきていた。 マル魔にしてもそう。奴らはこれまで何人もの魔女を屠っているし、私の大切なベリーに拳銃を向けていた。それにほら、まだ誰も屠ってなさそうな新卒君は助けてあげたじゃない。 だいたい、私はあの短剣をきちんと暴発させたわけで――『え、帰らないの?』 言いながら生徒教職員が倒れている廊下を進み、南校舎に差し掛かったところでベリーが聞いてきた。ずっと怠そうに無視していたから、話題を変えたかったんだろう。『阿叢先輩がトンカツ奢ってくれるって言ってたのよ』『ええ~? この状況じゃ無理なんじゃない?』『食券が欲しいの。一ヶ月有効なんだから』 きっと来月にはこの学校も通常通りになっている。 少しは騒ぎになるでしょうが、所詮校長なんてすげ替え可能な消耗品。どうせ次もそれなりの実力者が選ばれるんだから、誰がなろうと大差ない。 それに理事会とかが全力で不祥事を揉み消すに決まっている。大事にならないのは確実。『食券を回収したら食材もいただくわよ。今夜は豪華な食事でベリーの慰労&乱子の破談お悔やみ会よ』 あの堅牢な冷蔵庫を抉じ開けるのなら大変だけど、幸い私は正規の開け方を知っている。食堂のおばちゃんを何度も観察していてピンときたのよ。『あ、それいいね!』『そうだわ。同期の皆も招待しなきゃ。きっと大泣きしながら集まるわ』 悲しみではなく爆笑で、だけど。 にし